2025年も終わったし高次元に思いを馳せよう
物理を専攻していたころ、高次元理論には不思議な魅力があった。
素粒子の奇妙な振る舞いを見ていると、今でもどこかに高次元性が隠れているんじゃないかと思うことがある。
歴史を辿る
そもそも高次元性は、いつから議論されているのか。簡単に改めておさらいした。(ただし今や個人の趣味なので正しいかどうかは原著を読んでよく検証してください。)
Kaluza-Klein理論(1921年, 1926年)
1921年、Theodor Kaluzaが5次元で重力と電磁気を統一しようとした。1926年にはOskar Kleinがこの理論を拡張し、余剰次元が小さく丸まっているから見えない、という発想を提示した。高次元理論の原点。
余剰次元が小さく丸まっているとき、Kaluza-Kleinタワーと呼ばれる質量スペクトルが現れる
超弦理論(1980年代)
1980年代に超弦理論が提唱され、10次元が要請された。5つの超弦理論(Type I, Type IIA, Type IIB, Heterotic , Heterotic )が存在した。
Calabi-Yau多様体(1954-1985年)
Calabi予想とYauによる証明(1954-1978年)
1954年、Eugenio Calabiが予想した。第一Chern類が消えるKähler多様体は、Ricci平坦なKähler計量を持つという内容。
1978年、Shing-Tung Yauがこの予想を証明し、1982年にFields Medalを受賞した。この証明により、Ricci平坦でありながらコンパクトな複素多様体の存在が数学的に保証された。これを可視化したやつがとにかく美しい。
弦理論への応用(1985年)
1985年、Philip Candelas、Gary Horowitz、Andrew Strominger、Edward Wittenが画期的な論文を発表。超弦理論の余剰6次元をCalabi-Yau 3-fold上にコンパクト化すると、4次元で超対称性を持ち、スタンダードモデルに似た理論が得られることを示した。
Calabi-Yau多様体の幾何学的性質が、4次元で観測される粒子のスペクトルを決定する。例えば、CY多様体のホッジ数とが、ゲージボソンやフェルミオンの世代数に対応する。
ミラー対称性(1990年頃)
1990年、Brian GreeneとRonen Plesserがミラー対称性を発見。2つの異なるCalabi-Yau多様体が同じ物理理論を与えるという驚くべき双対性。
これにより、一方のCY多様体で困難な計算を、ミラーとなるCY多様体で簡単に行えるようになった。1991年のCandelas、de la Ossa、Green、Parkesの論文では、quintic 3-foldに含まれる有理曲線の数を正確に計算し、数学者を驚かせた。
M理論(1995年)
11次元の理論で、5つの超弦理論を統一しようとする試み。1995年にEdward WittenがStrings ‘95でのトークと、Hořava & Wittenの論文で提唱した。
「M」が何を意味するかは明確には決まっていない。Membrane(膜)、Mother(母)、Mystery(神秘)、Magic(魔法)…ウィッテン本人も「好きなものを意味する」と言っているらしい。ウィッテンさんは最近お元気なんだろうか。僕が活動してた頃は新しいペーパーがあがる度に話題になってたが。
ただ、2026年の現在でも未完成だ。特に2次元の膜をどう量子化するかがわかっていない。行列模型(BFSS、BMN)で定式化しようとする動きはあるようだが。
低エネルギー有効理論は11次元超重力理論になる。10次元超弦理論よりシンプルな構造だというのが面白い。
5つの超弦理論
10次元の超弦理論には5つのタイプがある。すべてM理論の異なる極限として統一されるらしい。
Type I: 開弦と閉弦の両方を含む。ゲージ群を持つ。
Type IIA: 閉弦のみ。非カイラル理論で 超対称性。D0, D2, D4, D6, D8ブレーンを含む。強結合極限でM理論になる。
Type IIB: 閉弦のみ。カイラル理論で 超対称性。S双対性を持つ()。D1, D3, D5, D7, D9ブレーンを含む。
Heterotic : 閉弦のみ。右巻きがType II的、左巻きがボゾン的という混成理論。
Heterotic : 閉弦のみ。同じく混成理論だが、ゲージ群を持つ。シャドウ宇宙(隠れたセクター)の可能性を示唆している。
これらはT双対性やS双対性で結ばれている。Type IIAとType IIBはT双対、Type Iとheterotic はS双対、Type IIB自身もS双対。
AdS/CFT対応(1997年)
5次元の反ドジッター空間(AdS)と4次元の共形場理論(CFT)が等価であるという対応関係。1997年にJuan Maldacenaが提唱してから、2026年の今でも活発に研究されている。ラボの同期がチャレンジしていたので一番馴染みがあると言っても良い。
最近では、平坦な時空やド・ジッター時空に対する対応関係も研究されているらしい。celestial holographyとかcarrollian holographyとか、新しい言葉も出てきている(後述)。
重力理論が1次元低い非重力理論と等価だという発想は、やっぱり美しいと思う。
ADD模型とRandall-Sundrum模型(1998-1999年)
ADD模型(1998年)
1998年にArkani-Hamed、Dimopoulos、Dvaliが提唱した大きな余剰次元(Large Extra Dimensions, LED)模型。
個の余剰次元が1mm程度まで大きくなり得るという。重力子だけが余剰次元に伝播でき、標準模型の場粒子は4次元のブレーンに局在している。
真の基本スケール とPlanckスケール の関係は
である。 とすれば、階層性問題が解決されるという発想。
LHCでモノフォトンイベントを探索することで、重力子のKaluza-Kleinタワーを間接的に検出しようとしている。
Randall-Sundrum模型(1999年)
1999年にLisa RandallとRaman Sundrumが提唱した5次元のブレーンワールドシナリオ。階層性問題の解決を試みる。
5次元の反ドジッター空間において、余剰次元がワープしている。RS1模型では2つのブレーン(Planckブレーンと TeVブレーン)があり、RS2模型では1つのブレーンと無限の余剰次元がある。
ワープファクター により、エネルギースケールが指数的に変化する。これがPlanckスケールと弱いスケールの階層を自然に生成するという発想。
LHCでRS重力子の探索が行われている。2016年の結果では、質量1.1-3.85 TeV以下(曲率パラメータに依存)のRS重力子が排除された。
F理論とDouble Field Theory(1996-2013)
F理論(1996年)
12次元の理論。Cumrun Vafaが1996年に提唱した。「F」は”Father”(M理論の”Mother”に対して)を意味するという冗談らしい。
ただ、12次元のうち2次元は必ず巻き上がっている必要がある。署名はで、2つの時間次元を持つことになる。楕円ファイブレーションを用いてType IIB弦理論の非摂動効果を記述する。
Calabi-Yau 4-fold上にコンパクト化することで、4次元で超対称性を持つ理論が得られるっぽい。
Double Field Theory(2009年)とExceptional Field Theory(2013年)
T双対性やU双対性を多様体対称性として扱う理論。2009年にChris HullとBarton ZwiebachがDouble Field Theoryを導入し、2013年にOlaf HohmとHenning SamtlebenがExceptional Field Theoryを導入した。
座標が2倍になった時空で、対称性を持つ。Type II超重力理論のT双対不変な定式化として機能する。
Exceptional Field Theoryでは、, , といった例外群の対称性が現れる。余剰次元の幾何学を拡張し、非幾何学的背景やエキゾチックなブレーンを記述できるっぽい。
G2多様体とSpin(7)多様体(継続研究)
7次元のG2多様体上にM理論をコンパクト化すると、4次元で超対称性を持つ理論が得られる。8次元のSpin(7)多様体上では、非超対称的な4次元理論が得られる。
これらの研究は2000年代から続いているが、最近の進展については後述する。
2013年以降の進展
僕は2013年にドロップアウトした。以降の展開は全く追えていない。2013年から2025年まで、どのような進展があったのか?調べてみると理論面でも実験面でも、着実に進んでいる。
Swampland Program(2018年頃から活発化)
2005年にCumrun Vafaが始めたプログラムだが、2018年頃から急速に発展している。弦理論のランドスケープ(個の可能性のある宇宙)と、量子重力と整合的でない「沼地(swampland)」を区別する基準を見つけようとする試み。
特にde Sitter conjectureは議論を呼んでいる。我々の宇宙が加速膨張しているという観測と、swampland制約の間には緊張関係がある。インフレーション理論も制約を受ける。
2018年にOoguri、Palti、Shiu、Vafaが提唱したrefined de Sitter conjectureでは、スカラー場のポテンシャルに対する制約が精密化された。2023年の論文では、string field inflationとswampland conjectureの整合性が議論されている。2025年1月の論文では、動的なde Sitter conjectureとquintessence模型が提案された。
Celestial Holography(2019年頃から急速に発展)
平坦な時空に対するホログラフィー原理。AdS/CFT対応の平坦時空版を構築しようとする試み。
2019年頃から急速に発展し、2025年4月にはSimons Collaboration on Celestial Holographyの年次会合が開催された。散乱振幅を天球上の共形場理論の相関関数として記述する。BMS対称性、ソフト定理、無限次元対称性の関係が明らかになりつつある。
2023年にはcelestial amplitudesの定義が精密化され、2025年にはself-dual Einstein gravityを含むtop-down構成が提案された。Carroll holographyやde Sitter holographyとの関係も議論されている。
G2多様体とTorston粒子(2025年12月)
これは最も新しい進展。2025年12月にRichard PinčákらがG2-Ricci flowを導入した論文を発表した。
7次元のG2多様体が時間発展するとき、torsion(ねじれ)を持つソリトン解に安定化する。このtorsionが自発的対称性の破れを引き起こし、WボソンやZボソンに質量を与える可能性。Higgs場の代わりに、余剰次元の幾何学が質量の起源になるかもしれない。
この理論が正しければ、「Torston(トルストン)」という新粒子が観測される可能性がある。粒子衝突型加速器の異常、宇宙マイクロ波背景放射のグリッチ、重力波のグリッチで検出できるかもしれない。
実験的な制約
実験的な証拠はまだない。LHCでもKaluza-Klein粒子は見つかっていない。RS重力子の探索では、現在4 TeV程度までの質量範囲が排除されている。
中性子星からの制約
中性子星からの観測も重要。超新星爆発で生成されたKaluza-Klein重力子が中性子星の周りにハローを作り、崩壊してγ線を放出するはず。Fermi-LATの観測データから、余剰次元のサイズに制約が得られる。僕もかつて中性子星のデータからモデルに制約を付ける部分にまでチャレンジしたかったが、挫折した経験がある。
2024年の論文では、中性子星の質量と半径の観測から、余剰次元のサイズについて fmという制約が導出された。
高次元に想いを馳せる
素粒子の対称性や振る舞いを見ていると、やっぱり高次元が関係しているんじゃないかという気がする。クォークのフレーバー対称性とか、ゲージ対称性の起源とか。
数学的に美しい構造が、物理として実現していることは多い。高次元もそうなんじゃないか。
現場ではもちろん厳しい闘いが続いているだろうが、着実に進展している。Swampland制約、celestial holography、G2-Ricci flow。理論は深化し続けている。
証明されなくても、想像すること自体に価値がある