起業家とコンサルは反対を向いているのでしょうか?
なんか最近の世論を見ていて、起業家として事業を立ち上げることと、コンサルタントとして世の中を俯瞰することは、反対のベクトルを向いているように感じる。
もともと得意だったこと
もともと僕はメタに捉えて思考するのが得意だった。机上で論じること、デザインプロセスを実行すること、ユーザー体験を考慮したサービス作りを支援すること。
プロトタイピングをして新しい価値観を実験し、クライアントの課題を整理して、解決策を提示する。社内向けデザインファームみたいな感じではあったが、コンサルタント的な立場での仕事は割とこなせていたと思う。
それはそれで価値があるし、やりがいもあった。
自分の事業に向き合うということ
でも自分の事業を立ち上げて、自分のサービスに直向きにユーザーの課題と向き合い続け、それをお金に変える活動を始めてから気づいた。
この方が圧倒的に学びが多い。というか答えが見えないから日々手探りなのである。
毎日ユーザーと向き合い、プロダクトを改善し、売上を作り、組織を動かし、採用し、資金を調達する。泥臭く、地道で、終わりのない戦い。理論では語れない無数の変数と向き合い続ける日々。たぶんこの営みを無理に構造化して頭よく見せることにあまり意味はない。
コンサルタントとしてプロトタイプを作り、ある意味完全な自分ごとではない状況で顧客体験を突き詰めていた時には見えなかった景色がここにはある。プロトタイプと、実際にグロースさせ、市場で生き残り続けるプロダクトは別物だった。
世の中の評価軸
さて,世の中では、おそらくこの大変さは理解されていない。
大半の人は、頭よく論じる人のほうを評価するだろう。評論家として、文化人として。
綺麗な理論を語り、トレンドを分析し、インスタレーションやプロトタイプで未来を提示する人が「頭がいい」と見なされる。
現場に向き合い続ける起業家のうち、評価されるのは成功した1%未満の人だけだ。残りの99%は「うまくいかなかった人」として忘れられる。
論じる人は失敗しない。なぜなら実行していないから。インスタレーションやプロトタイプは失敗しない。なぜならそこで終わるから。
両方やってみて思うこと
どちらも必要だとは思う。俯瞰して構造を捉える視点も、プロトタイプで可能性を示すことも、現場で泥臭く実行し続ける力も。
でも評価の天秤が、あまりにも論じる側に傾きすぎているんじゃないか、という気もしている。特に日本では?
コンサルティング的なことは今でもしているし、以前培った思考プロセスや、プロトタイピングの経験は、今の事業でも役に立っている。でも、それだけでは何も動かなかった。実際に手を動かし、リスクを取り、失敗を重ね、それでも前に進み続ける。その過程でしか得られないものがある。
もっと現場の価値を認めるべきだと思う。成功したかどうかではなく、向き合い続けたかどうかで。
両方やってみて初めてわかることがあるね